都政新報
 
 >  HOME  >  連載・特集
心のカルテ 精神科医療はいま(下)/早期治療 


▲複数の職種が患者の診療簿を見ながら症例を検討=都立松沢病院のサマーセミナーで
  

心のカルテ精神疾患の芽を摘み取る

「大事だと思ったのはどんな所見ですか」

 今夏、都立松沢病院で行われたサマーセミナーで、同病院の若者向け精神医療サービス「わかば外来」が紹介される一こまがあった。精神科医だけでなく、臨床心理士や看護師などがチームを組み、患者をフォローするスタイルで、1人を2~3年追う長丁場の療法だ。

 セミナーでは、参加した若手の精神科医や看護師、心理職がチームを組み、不登校になった若者のカルテを見ながら所見を分析する。
 「睡眠が不規則」「引きこもりがち」「かつて両親が別居していた」――。各チームから、症状だけでなく、本人の生活や家族環境に焦点を当てた指摘も挙がった。

 治療とは思えない、淡い色を基調とした柔らかい雰囲気の部屋で、30分以上かけて話を聞く。患者と会う度に反応が違うのもままあることだ。

  「わかば外来」は英国の医療改革をモデルに、09年11月に始まった。英国では90年代、統合失調症の早期治療を目的に、精神科医や心理職で作るチームが地域を訪問し、患者を支援する制度を導入。当初は、半数が2年以内に再発し、1年後には3分の1をフォローできない状態だったが、今では国の8割を網羅。発症からの未治療期間が短縮したという。

 厚労省研究班の調査によると、未治療期間が1年から1年半の場合は再入院率が80%に上るが、5~6カ月に抑えると41%に半減。初回の強制入院率も50%から半減した。担当者は「英国のように地域に根差した形を目指したい」と言う。

■治療中断防げ

 都では身近な地域で生活を続けられるよう、出張型の支援をモデル的に始めた。途中で治療を中断する人が多い中、都内2カ所で精神科医や看護師、保健師、臨床心理士、精神保健福祉士などで作る混成チームが患者を直接訪問し、入院を勧めたり、地元警察や診療所との連絡役を担ったりしている。

 ただ、実際には家族や近隣住民とのあつれきなど、治療への道程は険しい。都立精神保健福祉センター(台東区)の報告によれば、今年8月現在の対象者23人のうち、本人と直接面会できたのは5人。未治療・治療中断の14人のうち、面会できたのは8人で、入院に同意したのはわずか1人だったという。「患者と支援スタッフの信頼関係を築くことが重要」という。

 中部総合精神保健福祉センター(世田谷区)は、「弁護士の同行も重要」と指摘する。統合失調症などを患う高齢者への虐待問題が潜む中、家族と分離させたケースもあり、法的な対処が必要になるケースもあるからだ。

 都はモデル事業を検証した上で、全都的に身近な地域で出張支援を普及させたい考え。ただ、家族が投薬を嫌がるなど、適切な治療ができないケースもあることから、短期的な宿泊機能も必要と指摘されている。

 精神障害は、病状が悪化するほど医療・福祉への道が遠のくが、出張型の支援にしても担い手不足は深刻だ。地域で患者を受け止める柔軟性が試されている。

本人・家族の生活の質向上を――――――――――――――――


 特別養護老人ホームに勤務していたAさん(32、女性)に統合失調症の症状が現れたのは、22歳の頃だった。無断欠勤が増え、ベッドから起きられない。「確かに仕事はハードだったが、真面目なのにおかしいな」。母親の岡田久実子さんは当時、こう思ったという。病院に連れていくことは考えもしなかった。

 仕事を辞めてしばらく休むと、回復した。次に異常を来したのは、家事のアルバイトを探し、新人研修を始めた頃だった。  「研修長がロッカーの中をのぞく」「携帯の着信履歴を見られている」。Aさんはこう訴えるようになった。

 部屋で大声を出して泣き叫ぶこともあり、コミュニケーションが取れなくなった。

 数カ月間、医師にかかり、「心配し過ぎるのはよくない。治るから大丈夫」と言われた。しばらくすると回復。「精神病から離れられてよかった」。この一心で治療をやめた。

 しかし、病気は再発。家族は疲弊し、岡田さんも「もう再起不能では」と考えたという。

  「試行錯誤で、何とか医療にたどり着く人が大多数。混乱しているし、絶望感、負の感情をため込んだ状態だと思う」。岡田さんは、医療者に家族への理解を訴える。

 Aさんは昨年、発症から9年目で結婚した。出産を考えたが、地元の産科医からは「ウチでは無理」。ただ、「精神障害者家族会」の活動を通じて知り合った医師からは、「出産も考えられる」と助言された。

 日本では、統合失調症の人による結婚・妊娠・出産を勧めない医師はまだ多い。ただ、こうした支援は国際標準になりつつある。本人や家族のサポートも、行政に求められるのではないか。

 Aさんは今年4月、女児を無事に出産。今、子育ての真っ最中だという。(おわり)


 

会社概要  会社沿革  事業内容  案内図  広告案内  個人情報保護方針