都政新報
 
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最前線~on the Front Line/ウワサのAI~ChatGPTの可能性と課題(下)/分かれる自治体のスタンス/行政DXの専門家・狩野英司氏に聞く/「まずは一度、触ってみて」

 
   「民主主義の自殺だ」─。4月20日、鳥取県の平井伸治知事は自身の5期目初となる記者会見で、対話型AI「Chat(チャット)GPT」の県庁での使用について問われてこう答え、業務での使用は禁止する考えを示した。導入に向けた動きが全国の自治体で加速する中、この「逆行」する動きは注目され、話題を呼んだ。
 その同日、全国の自治体で初めてチャットGPTの試験導入を開始したのが神奈川県横須賀市だ。
 同市では個人情報や機密情報は入力しないこととし、主に「検討のベースや土台、下書き」に活用する。例えば、業務の多くを占める様々な文書の作成では、ゼロから作るのではなく、案や下書きをチャットGPTに作成してもらうことで効率化するほか、イベントのキャッチコピー案を会議で提案させたり、管理職の場合は会議等のあいさつの下案を作成させる─といった具合だ。他にも議事録の要約や行政の硬い表現を市民に分かりやすい文章に修正させるなどする。
 同市が自治体業務への導入を発表すると、テレビや新聞で連日報道され、大きな反響を呼んだ。市デジタルガバメント推進室によると、新聞・テレビ・雑誌など20社以上もの取材を受けたという。数日経って取材がひと段落した後も、全国、特に地方の自治体からの問い合わせは続いた。
 だが、こうした反響に同室のメンバーは、「自分たちの感覚では『Google検索を使った』くらい。やったことと反響の大きさが違い過ぎて驚いた」と話す。
 事の発端は3月末。上地克明市長から同室の寒川孝之室長に「チャットGPTで業務を効率化できないか考えてほしい」との指示が下りた。これを受け、同室では4月3日にICT推進担当の4人で検討チームを発足。職員らによると、市長はもともと「作業は仕事ではない。もっと街に出ろ、困っている市民に手を差し伸べろ」との考えだという。
 ただ、まだ他自治体での先例はない。そんな中、まず着手したのがセキュリティー面の検証だ。同市ではほぼ全職員が自治体専用チャットツール「LoGoチャット」を業務で使用しているが、このLoGoチャットとチャットGPTのAPIを結び付け、LoGoチャット上でチャットGPTを使えるようにすると、入力した情報はAIの学習のために吸い取られることなく、2次利用されないことが分かった。そこで、規約を確認しつつサービスを提供する2社に連絡を入れた上で、職員が「チャットGPTボット」をLoGoチャット上に「自作」。自分たちの手でたった2週間ほどで使えるようにしたことに加え、そもそも同市には「テクノロジーを取り入れるのは当たり前」という姿勢があることから「画期的なことをした」という感覚はなかったため、その後の大反響には驚いたそうだ。
 本来、チャットGPTはインターネットにつながっていないと使えないが、この手法だと、職員のスマホだけでなくインターネット回線につながっていないPC端末からも使うことができる。同室ではその上で庁内向けに資料を作成し、個人情報や機密性の高い情報は入力しない運用とした。
 LoGoチャットは全てログ(データ履歴)を取っているため、万が一情報が流出した際などにも確認・対応が可能となっている。
 利用にあたっては、従量課金制のような形で文字数に応じた利用料をチャットGPTを提供するOpenAI社に支払う必要があるが、1カ月に1~2万円程度で済む試算だ。
 4月20日に導入して1週間で全4千人の職員のうち約1300人が利用しているという。「LoGoチャットに他の便利ツールを導入した時と比べて利用者はかなり多い」(同室)という。
 試験導入は今月19日までの1カ月間だが、結果に応じてその後も継続的に使用する方向で検討している。同室はユーザー数や各部署で、どのような面白く、画期的な使い方がされたかを吸い上げ、「こういう聞き方をするといい」といった事例集などを全庁に展開する予定だ。

■情報漏洩問題、どうなる?
 横須賀市の場合、情報の2次利用がされない仕様で、かつ個人情報を入力しないため、導入の課題は払(ふっ)拭さ(しょく )れたかのように見えるが、一方で民間の動きを見ると、いち早くチャットGPTを導入したパナソニックなど数社は安心・安全な環境で生成AIが利用できる「Azure OpenAI Service」を企業・官公庁向けに提供するマイクロソフトと個別に契約する形でチャットGPTを利用している。データは契約する企業に帰属し、外部には吸い取られない仕組みになっているという。
 日本マイクロソフト社でデジタル・ガバメント統括本部長を務める木村靖業務執行役員は、横須賀市のような運用について「最近主流になっている(統計データから得られた根拠に基づいて政策を立案する)EBPMでの行政改革には用いることができない。非常に限定的な使い方になる」と指摘する。
 確かに、入力できる情報が限定的なのに加え、最新バージョンのGPT‐4は有料版でしか使えないため、横須賀市ではGPT‐3・5を使用していること、また、2021年9月までの情報しか反映されておらず、最新の情報は得られなくなっているなどの課題はある。だが、同市は「セキュリティーは担保しているし、そもそも無制限に使おうとはしていない。部分的でも事務の効率化を図れるなら、まずはライトな感覚で少しでも業務改善を進める」と狙いを語る。
 企業・官公庁で続々と導入が進むチャットGPT。「禁止」を発表して話題を呼んだ鳥取県も、この先ずっと禁止するというわけではない。県デジタル改革推進課によると、「AIからはまだ一般的な回答しか得られず、鳥取県の現状に合ったものが出てくるわけではない。『AIがこう言ったから』ではなく、県民の意見を聞いて政策を実施するというのが趣旨」と説明し、使用する際のガイドラインを策定した後、利用に向けて検討する考えという。
 OpenAI社は4月25日に、個人情報保護の懸念に対応するためとみられる利用履歴をAIの学習に利用されないようにする新機能を追加するなど、日々、技術とそれを取り巻く状況は変化している。そんな中、検討に検討を重ねるか、「まず使ってみよう」とのスタンスでいくか。従来にないスピード感で動く社会にどう対応するか、自治体の判断に注目が集まっている。

 

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