小池知事は昨年12月27日、「『未来の東京』戦略ビジョン」を発表した。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の成功を跳躍台にして、その先の東京の持続的な発展への方向性を示した戦略ビジョンの概要を特集する。 戦略ビジョン策定の背景 ■東京を取り巻く状況 小池都政下では2016年12月に策定した「2020年に向けた実行プラン」に基づき、(1)セーフ シティ(2)ダイバーシティ(3)スマート シティ─の「3つのシティ」を実現するため様々な政策を展開している。実行プランは20年までを計画期間としている。 今回、東京2020大会を更なる跳躍台として、その先の東京が歩むべき道のりについて、明るい未来を切り拓く羅針盤となる長期戦略の策定を進めることとし、その土台として、ビジョンや政策の大きな柱などを示すものとして、「『未来の東京』戦略ビジョン」を策定した。 戦略ビジョンの全体像 ■基本認識 令和の時代を迎え、都は「経済」「テクノロジー」「気候変動」「人口構造」─という四つの歴史的な転換点に直面している。日本経済の国際的な地位の低下や世界の政治・経済・軍事の枠組みの大きな変化、第四次産業革命への対応の遅れ、世界的な気候変動がもたらす持続可能性の危機、少子高齢化・人口減少といった大きな変化・変革に正面から向き合っていかなければならない。 今後、不確実性が一層増していく中において、これまでの延長線上の発想では、東京と日本の明るい未来は到底望めない。時代の変化を見据え、取るべき戦略を主体的に構築し、未来への投資を果敢に推し進めていく必要がある。 ■4つの基本戦略 東京が抱える様々な課題を克服し、新しい時代を切り拓くため、(1)バックキャストの視点で将来を展望する(2)民間企業等、多様な主体と協働して政策を推し進める(3)デジタルトランスフォーメーションで「スマート東京」を実現(4)時代や状況の変化に弾力的に対応「アジャイル」─の四つを基本戦略として掲げた。 ■「ビジョン」「戦略」/「推進プロジェクト」 戦略ビジョンでは、まず、おおむね四半世紀先である40年代を念頭に、我々が目指す未来の東京の姿として、20の「ビジョン」を提示している。 そして、そのビジョンの実現に向け、2030年に向けた20の「戦略」を提示するとともに、その戦略を実行するために約120の「推進プロジェクト」を立ち上げる。 2040年代の東京ビジョン ■目指す未来の姿 目指す未来の姿として、「人が輝く東京」を基軸に、「世界をリードする東京」「安全安心な東京」「楽しい東京」「美しい東京」「オールジャパンで進む東京」を目指すことで、三つのシティが進化し、日本の発展を力強く牽(けん)引(いん)する「成長」と、誰もが安心して暮らし、いきいきと活躍できる「成熟」が両立する都市東京を実現していく。 ■20の「ビジョン」 戦略ビジョンで掲げる20の「ビジョン」は、バックキャストの視点で未来の東京の姿を展望するものであり、今回の特徴の一つである。 代表的なものを挙げれば、「ビジョン01 子供」では、子供の笑顔でいっぱいのまちが実現し、子供を産み育てることが社会全体の喜びとなり、その結果、合計特殊出生率が2・07となっている姿などを描いている。 「ビジョン02 教育」では、新たな「東京型教育モデル」が根付き、子供たちが自らの人生を自らの意思で切り拓いていける力が育まれている姿を、「ビジョン04 長寿」では、「Choju」が世界共通語となり、平均寿命や健康寿命がともに90歳を超えている。また、「介護離職」が死語になっているといった姿を、「ビジョン07 コミュニティ」では、様々な人が集い、悩みを分かち合える居場所・コミュニティが至る所に存在する姿を描いている。 「ビジョン08 防災」では、世界一安全・安心な都市となり、東京のまちから電柱が姿を消している姿を、「ビジョン10 交通ネットワーク」では、世界最高の道路と鉄道のネットワークが構築され、人やモノの流れが最適化されるとともに、人々が安全かつ自由にまち歩きを楽しむ姿を描いている。 「ビジョン12 スマート東京」では、都市全体がスマート化され、世界で最も便利で生活満足度の高い都市になるとともに、都庁を含めて完全デジタルガバメントが実現している。 「ビジョン13 ビジネス・研究開発」では、世界で最もビジネスしたい都市へと進化し、グローバル企業や高度人材が東京に集まり、東京都立大学からノーベル賞受賞者が出ている、「ビジョン14 スタートアップ」では、世界を席巻するユニコーン企業が数多く生まれるなど、次々と新しい産業が生まれる世界一のスタートアップ都市・東京になっている。 「ビジョン16 水と緑」では、清流が復活し、外濠(ぼり)ではホタルが舞っている。また、「ビジョン17 環境都市」では、都内CО2排出量が実質ゼロになり、脱炭素を実現したサステイナブルな東京が実現している。 「ビジョン18 文化・エンターテインメント」では、世界で最も歩くのが楽しい憧れのまちに、「ビジョン19 スポーツ」では、まち全体がスポーツフィールドになっている姿を描いている。 そして、「ビジョン20 全国連携」では、東京と全国各地とが距離と時間の壁を越えて連携し、真の共存共栄の社会が実現している。 こうした未来の姿を実現することは容易ではないが、目指す姿を共有し、都庁の総力を挙げて推進するとともに、機運を醸成し、都民の共感の下、社会全体で取り組んでいくことが重要である。 2030年に向けた戦略 ■20の「戦略」 40年代の東京ビジョンの実現に向け、今後10年間で取り組むべき内容を20の戦略として示し、その戦略実行のために、約120の推進プロジェクトと政策目標を掲げている。 戦略1 子供の笑顔のための戦略 子供が笑顔で、子供を産み育てることに喜びを感じる人であふれる社会の実現に向けて、産前から巣立ちまで切れ目なく子供や家庭を支えるためのサポートを徹底すること、子供の目線に立ったまちづくり・政策を区市町村と連携して進めること、都や区市町村に加え、民間企業、大学、NPO等が連携し、社会のマインドチェンジを図る「チーム2・07(仮称)プロジェクト」を立ち上げ、ムーブメントを起こすなど、様々なプロジェクトを立ち上げる。 戦略2 子供の『伸びる・育つ』応援戦略 学び方・教え方を転換する新たな「東京型教育モデル」を実現し、一人ひとりの個性や成長に応じた学びを提供する。そのトータルツールとして、都立学校における一人一台のモバイル端末の整備など、教育のICT化を進める「TOKYOスマート・スクール・プロジェクト(学び方・考え方・働き方の三大改革)」などを展開する。 戦略3 女性の活躍推進戦略 男女共に仕事と家庭を両立できるよう、「女性の希望に応じた生き方・働き方サポートプロジェクト」や「家事・育児負担軽減プロジェクト」などを展開する。 戦略4 長寿(Choju)社会実現戦略 誰もが元気で心豊かに、自分らしく暮らせる地域を実現するため、区市町村の取り組みを都が強力に支援する「自分らしく暮らせるChoju東京プロジェクト」を30年までに都内全域で展開する。また、大学等と連携したアクティブシニアの方の学びの場を充実するほか、「認知症との共生・予防推進プロジェクト」などを展開する。 戦略5 誰もが輝く働き方実現戦略 誰もが自分らしくポジティブに働き、活躍できる東京を目指し、テレワークの推進など「新たな時代の働き方支援プロジェクト」や、就職氷河期世代等の安定した雇用確保など「『意欲ある人が輝く社会』構築プロジェクト」、就労に困難を抱える方の雇用確保の場を拡大する「東京発ソーシャルファーム支援プロジェクト」などを展開する。 戦略6 ダイバーシティ・共生社会戦略 様々な背景や価値観を持つ人々が、違いを認め合いながら、支え合う共生社会を実現するため「インクルーシブシティ東京プロジェクト」などを展開する。 戦略7 『住まい』と『地域』を大切にする戦略 人や地域に注目した新たな住宅戦略を展開し、安心して暮らし続けられる住環境を形成する。また、様々な人が集い、交わり、悩みを分かち合える「居場所」を地域の至る所に創出する「『みんなの居場所』創出プロジェクト」などを立ち上げる。 戦略8 安全・安心なまちづくり戦略 日常化する豪雨災害に対して、ハード・ソフト両面から、国等と連携した取り組みを推進する。新たに150万立方メートルに上る調節池の事業化を30年度までに図る。これらの取り組みを加速・強化するため、「豪雨対策アクションプラン(仮称)」を策定する。 また、近い将来、高い確率で発生が予測される首都直下地震等の脅威に備え、災害応急対策のほか、耐震化の徹底など、あらゆる施策を展開し、死者・負傷者・避難者・建物被害を最小化する。 無電柱化については、「無電柱化推進プロジェクト」により、都道はもとより、区市町村道や民間開発における無電柱化を進め、面的に展開する。これらの取り組みを加速するため、長期戦略の策定に合わせて、「無電柱化加速化戦略(仮称)」を策定する。 戦略9 都市の機能をさらに高める戦略 3環状道路完成に向けて事業を推進するほか、鉄道ネットワークの更なる充実のために、事業者等との協議調整を加速していく。さらに、日本橋周辺の首都高の地下化な ど、まちづくりと連動した都市インフラの更新や、人が歩きたくなるまちづくりに取り組んでいく。 戦略10 スマート東京・TOKYO Data Highway戦略 21世紀の基幹的公共インフラである「電波の道」で、いつでも、誰でも、どこでも「つながる東京」の実現を目指す。西新宿、都心部、ベイエリア、南大沢(東京都立大学)、島しょ地域を「スマート東京」の先行実施エリアとし、5Gと先端技術を活用したサービスの都市実装を順次展開していく。そして、都内全域、全国へとホップ、ステップ、ジャンプで展開し、長期的には、6G、7Gなど、未来の通信規格で東京が世界をリードしていく。 戦略11 スタートアップ都市・東京戦略 連続的にイノベーションが起こるスタートアップ都市・東京を目指し、「イノベーション・エコシステム形成プロジェクト」などを展開するとともに、「スタートアップによる行政課題解決プロジェクト」により新しい官民連携のモデルを確立する。 戦略12 稼ぐ東京・イノベーション戦略 世界中の企業や高度人材が集まる魅力的なビジネス拠点をつくるため、「『国際金融都市・東京』実現プロジェクト」や「高度人材・外国企業戦略的誘致プロジェクト」などを展開する。また、高い技術の承継・発展などにより、東京の産業力を高める「次世代につなぐ中小企業・地域産業活性化プロジェクト」や、最先端技術の活用などによ り、農林水産業の稼ぐ力を高める「東京スマート農林水産業プロジェクト」などを展開する。 戦略13 水と緑溢れる東京戦略 都市計画公園や緑地、農地を含め、都心から多摩まで、あらゆる方策で緑の創出や保全を進めるほか、外濠の浄化などに取り組む。 戦略14 ゼロエミッション東京戦略 都民、事業者、区市町村、大学等、多様な主体と連携し、取り組みを強力に推進する「ゼロエミッションエナジープロジェクト」や、ZEV等が行き交う未来のまちの実現に向けた「ゼロエミッションモビリティプロジェクト」などを展開する。 戦略15 文化・エンターテインメント都市戦略 芸術文化やエンターテイメントを存分に楽しめるまちをつくる「アートショーケースTOKYOプロジェクト」や、「オールジャパンでの戦略的な観光振興プロジェクト」などを展開する。 戦略16 スポーツフィールド東京戦略 都民の日常にスポーツが溶け込んだまちを創出する「『スポーツフィールド・TOKYO』プロジェクト」や、障害の有無を問わずスポーツを楽しめるよう「『パラスポーツ・シティ』プロジェクト」などの取り組みを推進する。 戦略17 多摩・島しょ振興戦略 世界有数のイノベーション先進エリアとしての地位の確立を目指す「多摩イノベーションパーク構想(仮称)」を推進する。また、体験型英語学習施設「TOKYO GLOBAL GATEWAY」の特長を備えた環境を多摩地域でも展開し、世界に羽ばたきグローバルに活躍する人材を育成する。 観光については、島しょ地域における上質な宿泊施設の誘致・整備を推進するほか、世界自然遺産を活用した観光プロモーションなど、地域特性を生かした観光振興を進めていく。さらには、市町村からの相談を一元的に受け止め、支援するため、「まちづくり推進コンシェルジュ」を都庁内に整備する。こうした多面的な取り組みにより、多摩・島しょ地域を強力にサポートしていく。 戦略18 オールジャパン連携戦略 距離や時間の壁を越えて全国各地との連携・協力関係を進化させて、日本全体の成長や発展につなげていく「オールジャパン連携プロジェクト」を展開し、地方連携の専管ポストを中心に、全国各地からの提案や要望を分析し、具体的な連携に結び付けていく。また、被災地の復興に向けた支援や、これまでにない幅広い多様な交流の促進などに取り組む。 戦略19 オリンピック・パラリンピックレガシー戦略 東京2020大会の成功に向け、大会競技施設整備やラストマイルなどでのバリアフリー、暑さ対策、安全対策、スムーズビズ、ボランティア、スモークフリーなどの様々な取り組みをしっかりと進め、それを都市のレガシーへ発展させていくストーリーを念頭に戦略を取りまとめている。 戦略20 新たな都政改革戦略 これら多くの戦略を推進していくためには、都庁自らが変貌を遂げる必要がある。そのため、「新たな都政改革ビジョン」を策定し、「民間とのスクラムで政策イノベーションを生み出す都庁へ」を中心的なコンセプトに据え、民間の発想・技術・知見を融合させた行政運営を目指していく。 その実現に向けて、人材マネジメント、組織運営、行政サービスの三つのアプローチで改革を展開していく。併せて、戦略的な政策展開を可能とする持続可能な財政力を堅持するため、戦略ビジョンで描く新たな政策の実行や、新たな都政改革ビジョンを踏まえた取り組みを進化することで、未来への投資や施策の新陳代謝により、成長が財源を生み、財源が更なる政策へとつながる好循環を生み出していく。 ■SDGsの/取り組みの深化 「成長」と「成熟」が両立する持続可能な社会を実現する羅針盤である長期戦略の方向性は、国連が採択した持続可能な開発目標、いわゆるSDGsの理念と軌を一にしている。戦略ビジョンにおいても、SDGsという国際標準の目線に立って、世界をリードする政策を展開することで、都民生活の更なる向上や豊かな都市環境を創出し、持続可能な都市・東京を実現していく。そして、その取り組みを世界に発信し共有することで、地球の持続可能性に貢献していく。 みんなでつくる「未来の東京」 ■様々な主体との/連携 戦略ビジョンの策定は新たなスタートである。今後、多くの推進プロジェクトを効果的に展開していくためには、最も都民に身近な行政サービスを提供する区市町村と、緊密に連携していくことが不可欠である。 また、国や首都圏の自治体、大学、民間企業などとの連携を深め、効果的な施策を展開していく必要がある。 ■絵画コンクールと/都民意見大募集 将来の東京を担う若い世代の方々に東京の将来の姿を考えてもらう契機とするため「わたしが大人になった時の東京」絵画コンクールを開催した。 また、未来の明るい東京を築くためにどうすべきか、都民から広く意見を募集する「都民意見大募集」を実施し、夢やアイデアに溢れた多くの絵や、1万を超える意見が寄せられた。 ■幅広い層との/意見交換 都内の大学の協力を得て、大学生によるワークショップを開催し、「未来の明るい東京」をテーマに、10年後、20年後の東京の姿など、自由闊(かっ)達(たつ)に議論を交わした。これらに加え、区市町村、有識者、各種団体、「東京未来ビジョン懇談会」メンバーなど、様々な方と意見交換を行い、東京の総力を結集して創り上げたものとしている。 ■長期戦略の策定へ 今回公表した長期戦略ビジョンは、2030年までの大きな方向性を示したものである。そのうち、早期に政策展開が可能な先導的な取り組みについては、20年度予算に盛り込んでいくとともに、さらなる政策のブラッシュアップを行っていく必要がある。 都は今後、戦略ビジョンを基に、東京2020大会を通じて生み出されるハード・ソフト両面のレガシーなどを反映するとともに、推進プロジェクトの具体的な施策や、ステップ、スキームなどを詰め、政策を練り上げて長期戦略を策定していく。その際、必要に応じて、組織横断的な推進チームを設置するなど、都庁を挙げて取り組みを進める。 【解説】東京の理想像、どう実現 小池知事就任後の2016年12月、都は、4カ年の実施計画である「2020年に向けた実行プラン」を策定した。この実行プランに基づき、東京2020大会の大成功を目指す中で、「3つのシティ」を実現し、東京の課題解決と成長創出のため、様々な取り組みを進めてきた。待機児童対策やペットの殺処分ゼロ、受動喫煙防止対策など、その成果が数字となって表れてきている。 今年はいよいよ東京2020大会本番の年だ。大会開幕まで200日を切る中、準備もラストスパートに突入し、祝祭ムードも徐々に高まりつつある。一方で、大会後の東京がどうなっていくのか、景気動向などを含め、将来に不安を抱く都民も多い。大会後の先にある将来の東京の姿を都民に示し、今からしっかりと手を打っていく時期にきている。 そのための大きな方向性を示したものが、昨年末に発表した「『未来の東京』戦略ビジョン」であり、これを土台に、東京2020大会後に策定される予定の長期戦略こそ、小池知事が、新たな羅針盤と位置づけるものだ。 ◆目指す姿を提示 戦略ビジョンの冒頭、1901年に新聞で掲載された未来予測記事の内容から入りつつ、江戸末期から現代に至る東京の歩みを年表で振り返り、将来の変化を大胆に展望するスタンスに立ち、先人たちの柔軟な発想で未来を構想し、実行していくことこそが、現代を生きる我々の使命としている。鳥の目で俯(ふ)瞰(かん)する姿勢を重視する小池知事らしいアプローチだ。 都を取り巻く状況について、経済、テクノロジー、気候変動、人口構造という四つの歴史的転換点などに直面する新たな歴史のステージに立っているとしている。人やモノの流れの変化、首都直下地震等への脅威などを含め、今後の東京に大きな変化・変革をもたらす点を端的に提示している。 こうした変化・変革を正面から受け止め諸課題を克服するため、戦略ビジョンでは、これまでも小池知事が重視してきた東京の活力の源泉である「人」を中心とした都政をさらに強力に展開していく姿勢が明確に示されている。 政策面からの視点である3C(Community、Children、Choju)を戦略の核に据え、「人が輝く東京」を政策の基軸とする、これまでにない大きな方向性を打ち出している。性別や年齢、国籍などを問わず、東京に暮らし働く誰もが、自分らしくいきいきと活躍できる東京を創り上げるという強い意思を打ち出した形だ。 理想的な未来像を想定し、現在からそこに至る道筋を定める「バックキャスティング」の手法を用いている点も、これまでの都の総合計画にはない特徴だ。 「成長」と「成熟」が両立する持続可能な都市・東京を実現するためのアイデアや方策は、これまでの延長線上の取り組みでは生まれず、パラダイムシフトを起こす必要があるという小池知事の危機意識の表れであろう。 40年代の東京ビジョンには、例えば、「合計特殊出生率2・07」や「政治家や企業トップの半数が女性」、「出社は週一回」など、現在の東京の状況を考えると、実現が容易ではないものも散見される。「2・07」といった個々の数値などに目が行きがちだが、高いハードルを掲げる背景や目的を冷静に捉える必要がある。 ビジョンの実現に向け、30年に向けた政策目標についても「男性の育児取得率90%台」「スタートアップ・エコシステムランキング世界5位以内」「アジアナンバーワン金融都市」など、チャレンジングな目標もあり、意欲的な内容となっている。 また、これまで都の計画にはなかった新機軸として、宮坂副知事が陣頭指揮を取る「ソサエティー 5・0」や次世代通信規格「5G」が大きな柱となっている。東京版ソサエティー5・0である「スマート東京」の実現は、都民のQOLや幸福度の向上に資する大きな可能性がある。5GとAI(人工知能)・ICTなどの先端技術を活用した取り組みが、イノベーションや、スタートアップの創出、国際金融都市・東京の実現など、「稼ぐ力」の強化といった親和性の高い分野にとどまらず、多くの推進プロジェクトに落とし込まれている。宮坂氏が早速、都政に影響を与えた実例と言える。 ◆実現のプロセス 今回の戦略ビジョンは、未来の東京の実現に向けた大きな「方向性」を示しているが、方策や進め方など、具体的な道筋は示されていない。実現に向けたプロセスを今後、どのように描いていくかが大事だ。 我々が今、迎えている経済の地位低下や人口減少・少子高齢社会、デジタル化の波、気候変動の危機は、国家レベルの大きな変化・変革である。課題解決のためには、壮大な目標を掲げるだけでなく、大胆な取り組みが必要である。国も巻き込んでどう仕掛けていくか知恵や工夫が問われる。また、例えば、「チーム2・07(仮称)プロジェクト」のように、企業をはじめ、みんなで子供と子育て家庭を支えるムーブメントを起こすとしているが、具体的にどのようなアプローチや手法で進めるのか。 また、日本全体の発展のため、東京と地方が互いの強みを生かし連携して取り組むことも必要だ。同時に、実効性のある取り組みを展開するためには、都民に身近な場所で行政サービスを提供する区市町村の協力が不可欠だ。地域の実情を把握する区市町村との連携の深化が求められる。 今後、策定する長期戦略において、推進プロジェクトごとに、いかに具体的な政策に落とし込んでいくかが問わる。実務を担う都庁職員が、戦略ビジョンに書かれた内容を共有し、想像力を豊かに働かせて取り組む必要があり、都庁の底力が試される。 小池知事は、戦略ビジョン公表の定例記者会見で、「区市町村とも緊密に連携するということと、国、首都圏の自治体、大学、民間企業との連携を深めながら、効果的な施策を展開していきたい」と述べた。そのためには、トップ同士の意見交換だけでなく、実務者同士が、これまで以上にコミュニケーションを図りながら、連携を深め、取り組むことが肝要だ。 ◆成熟都市のレガシー 長期戦略に東京2020大会のレガシーをしっかり反映させ、都市のレガシーとして定着させていくことも重要だ。 暑さ対策やスムーズビズをはじめ、都民生活の向上や、快適な都市環境の実現に結び付くよう幅広い視点で検討を深めてもらいたい。特に、世界で初めての2回目の夏季パラリンピックを開催する都市として、また、超高齢社会に突入する都市として、パラリンピックを契機として、誰もが安心して移動でき、安心して生活し、訪れることができるまちづくりを実現するなど、成熟都市ならではのレガシーをどう生み出していくかが問われる。 戦略ビジョンの検討では、都民からの意見聴取にも力を入れている。今回、表紙に新鮮味を感じた人もいるのではないだろうか。都は、戦略ビジョン策定にあたり、小中学生を対象に、将来の東京を描く絵画コンクールを開催し、その中の作品を今回用いたという。加えて、「都民意見大募集」と銘打ち、多くの都民からの意見募集を行うとともに、大学生や有識者など、老若男女問わず、幅広い方々から意見を聞いている。量・質ともに工夫を凝らしたこうした取り組みは評価できる。 本紙では昨年後半から「東京の未来像」と題し、長期戦略に関して有識者の意見を聞いたが、今後の長期戦略の検討に当たってもさらに工夫を凝らしながら、様々な意見に耳を傾けることで、真に「人が輝く東京」を実現する長期戦略を作り上げることが期待される。 |