都政新報
 
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都政漂流~新知事の課題/幻の答弁/東京の羅針盤 新知事に期待/名実ともに「石原的」都政の終焉

 
   「石原都政で5年5カ月の長きにわたって副知事を務めたが、これからの猪瀬都政はその理念や政策など、前都政の何を継承し、何を継承しないのか、猪瀬都政とは何を目指し、何を実現するために誕生したのか」
 昨年9月26日、第3回定例都議会の一般質問で、自民党の高木啓氏がこう切り出した。
 前年12月に就任した猪瀬知事は、副知事時代からの都議会との確執を引きずったままだった。6月の都議選では自民党が大勝し、第1党に返り咲いた。9月のIOC総会で2020年五輪の東京開催が決定し、日本と東京が祝賀ムードにあふれている一方、庁内では知事と都議会との間の五輪限定の〝蜜月関係〟も終わりを迎えると言われていた。
 その矢先、猪瀬都政の本質を突いた質問に、一瞬、本会議場に緊張が走った。だが、高木氏は「本日は問わないことにする」と質問を避けた。
 「出馬表明時の記者会見の発言、選挙公報などを拝見しても、どのような都政を目指すのか、政治理念を含めて明確なものが見えてこないので、今後の都政運営の実態を見て、しかるべき時期に改めて問いたいと思う」
 しかし、改めての質問は実現しなかった。次に高木氏が猪瀬知事と対(たい)峙(じ)したのは、12月9日、徳洲会からの5千万円授受を巡る総務委員会での集中審議だった。
 「今となっては、知事と都政の将来を語ることが出来なくなっていて、非常に残念だ」
 この時、まさか猪瀬知事が年を越すことなく辞職に追い詰められるとは、誰も予想はしていなかった。猪瀬氏が都政から退場した今、改めて振り返っておきたい。猪瀬都政とは何を目指し、何を実現するために誕生したのか。
『ミカドの肖像』を/読んだか
 高木氏の一般質問の翌月となる10月4日、猪瀬氏は定例記者会見で、記者から高木氏の一般質問に対する「答弁」を求められている。
 猪瀬知事は「石原都政を、僕は副知事としてやってきている。その時から具体的な政策を既に発表して、そして、本に書いて、政策の中身も出来るだけ記者の皆さんに明らかになるようにしてきた。突然、猪瀬都政が誕生したわけではなくて、石原都政の中で既に反映されてきた政策は、現在も引き続き反映している」と答えた。
 12年12月、知事就任直後の記者会見で、猪瀬氏は「どんな東京を目指すのか」という質問を投げ掛けられると、「話すと長くなるぞ」「『ミカドの肖像』を読んだか」と逆質問し、本当に長々と答えた。
 猪瀬知事は意気揚々と、地下鉄などの交通体系の歴史的な広がりについて延々と解説すると、地下鉄一元化の必要性に触れ、「スムーズな交通体系というのが、この都市の特徴」と指摘。木密対策、容積率の緩和、非常用電源の設置、アジアヘッドクォーター特区、五輪招致と続けた。
 前半の交通体系については、『ミカドの肖像』などを書いた作家としての知識を披(ひ)瀝(れき)しているだけで、残りは個別の課題テーマを並べているだけだ。交通体系を充実させる施策は、後にも先にも地下鉄一元化以外に聞かれることはなかった。
 実は、昨年9月の一般質問に対し、猪瀬知事は3枚にもわたる長い答弁書を準備していた。
 答弁書を読むと、知事は都政の継承について、3環状道路や羽田空港などのインフラ整備や、木密地域の不燃化、中小企業への支援、認証保育所などの施策を挙げて、「こうした石原前知事の姿勢には全く同感」と強調。「5年5カ月、副知事として組織の縦割りを取り除きながら石原知事を支え、違った角度からも付加価値を付け、共に歩みを進めてきた」と述べ、具体例として、羽田の国際化や帰宅困難者対策条例、上下水道技術の国際展開、高齢者の「ケア付きすまい」を掲げている。
 その上で、「こうした政策を継承して充実させることはもちろん、改革をスピードアップしていく。それが、支持してくれた都民の私への期待だ」と述べている。
 さらに、年内に「新たな長期ビジョン」を策定する考えを示し、少子高齢社会に対応していくため、「構造的福祉」という新しい考え方を打ち出し、「ソフト・ハードが一体となった政策、新しい東京モデルを生み出していきたい」と訴える─はずだった。
単体しかない/「構造的福祉」
 この幻の答弁は、猪瀬都政が、猪瀬副知事都政の継続だということを思い知らされる。「構造的福祉」という言葉は、福祉の問題を「単体」ではなく、「構造」として捉えるという意味があり、知事のこだわりだったが、福祉分野で猪瀬氏が打ち出したのは、スマート保育や「ケア付きすまい」など単体ばかりだ。
 猪瀬知事の口癖は、「大事なのはファクトの積み重ね」で、「新たな長期ビジョン」のような中長期計画には消極的だった。そこは、計画嫌いの石原元知事と似ている。
 副知事時代はアドバルーンさえ上げておけば、マスメディアは喜んで取り上げた。組織の縦割りを取り除くといっても、猪瀬氏肝煎りのPTで、猪瀬氏の脳内で横串を刺しているだけで、都庁内の縦割り構造や職員の意識が改革されるわけではなかった。むしろ責任の所在があいまいになるとの弊害も指摘されていた。
 昨年11月、「新たな長期ビジョン」の論点整理が公表された。
 都議会からは、「政策のレベルアップはあっても、構造改革、社会変革を伴う理念は示されていない」(民主党)と厳しい指摘が挙がった。
 「新たな長期ビジョン」は年内に公表される予定だったが、その前に猪瀬知事が辞任し、これもまた〝幻の長期計画”となった。
 近い将来に東京にも訪れる人口減少社会の処方箋(せん)は、猪瀬都政でついに示されることはなかった。新知事は何を目指し、何を実現するために誕生するのか。その答えは、まさに新知事に委ねられることになる。
×   ×
 2013年12月24日、猪瀬知事が就任からわずか1年で辞職した。石原元知事の「後継」として、433万票という日本の選挙史上最多の得票で当選した猪瀬氏だが、五輪招致に奔走した記憶だけが残り、この1年間に都政で手掛けた独自施策は小粒で、数も少ない。今回の知事辞職は、名実ともに「石原」的な都政の終焉であり、新たな都政の船出でもある。副知事時代も含めた猪瀬都政の功罪を振り返りながら、1月23日告示・2月9日投開票の都知事選に向けて、新知事の課題を5回に分けて追う。(14年1月7日掲載)
 

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