都政新報
 
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私の青春シネマ14/幻の光

 
   『幻の光』は、宮本輝の小説を映画化した作品で、それまでドキュメンタリーなどを手掛けていた是枝裕和監督の映画初監督作品であり、江角マキコの初主演映画でもあります。また、世界三大映画祭の一つであるヴェネチア国際映画祭の金のオゼッラ賞を始め数多くの国内外の映画賞を受賞しています。
 この映画は、夫を自殺で失った女性が、どのようにその死を受け止め乗り越えていくか、いわゆる〝グリーフワーク〟をテーマとしています。
 「主人公ゆみ子は、痴呆症の祖母の失踪を止められなかったことをトラウマとして引きずっていたが、郁夫と結婚し子どもも生まれ、貧しいが幸せな日々を過ごしていた。しかし、ある日、何の前触れもなく夫が鉄道自殺し、やり場のない悲しみと空虚感に苛まれる。5年後、奥能登の日本海に面した小さな集落に住む民雄と再婚。自然の厳しい寂しい土地だが、新しい生活にも溶け込んで穏やかに暮らしている。しかし、『なぜ郁夫は自殺してしまったのか……』という思いから逃れられず、秘かに心の内で郁夫に話しかけずにはいられない。ある日、思いに突き動かされるように、家を出てしまう。探しにきた民雄に対し、ゆみ子は『わからへんねん。あの人がなぜ自殺したのか。あんた、なんでやと思う?』と問いかける。民雄はそんなゆみ子に対し『(漁師だった父が)海に誘われると言うとった。沖のほうにきれいな光がみえて誘うんじゃ言うとった』『誰にでもそういうことがあるんとちゃうか』と応える」という内容です。
 当時気になる存在だったモデルの江角マキコが主演し、舞台が両親の田舎である奥能登であることもあって、何となく見に行きました。内に秘めた思いを言葉ではなく全身から滲み出させる江角マキコの演技力に驚かされ、また、岩場ばかりの海岸線の続く厳しい能登の外浦の自然とその中での人々の暮らしに郷愁を誘われました。
 しかし、この作品に感じた一番の魅力は、映像の美しさです。作品の印象はまさに「黒と静寂」。影を基調としながらその中に浮かび上がる光により、影と光のコントラストと二者が混ざり合い揺らぐ様に、影そして闇の奥深い魅力と美しさに改めて気づかされました。
 そして、もう1点、構図の美しさです。台詞も動きも音も抑えられた映画ですが、だからこそ、場面場面の構図がまるで切り取られた絵のように、何かを強く訴えかけてくるのです。
 例えば、海岸を行く葬列とそれを追うゆみ子の場面。夕暮れの海辺と海と空がブルーグレイの中に〝混(こん)沌(とん)〟と混ざり合い、境目のない世界の中を小さな人影が静かに進んでいきます。自然の大きさとそこに人間が溶け込んでいきそうな様は、人間は大きな自然という力の中で生かされているということを語っているようにも見えます。
 〝混沌〟といえば、その頃の私の気持ちがそうだったのかもしれません。就職してしばらくたち、仕事にも慣れ、少し遅い青春のようなにぎやかに楽しく過ごす時期を過ぎ、「自分はこれから、どのように生きていきたいのか、どうありたいのか」といった思いを漠然と抱えていました。当初は、公務員に無事に就職はしたものの、高校からの夢であった新聞記者に何とか転職できないものか……と思いを巡らせていましたが(1年目には某新聞社まで募集案内をもらいに行きました)、いつの間にかそのような気持ちも日常の中でどこかに置いてきてしまったことにも気づいて、自分自身に対する失望とこれからに対する焦りを感じていたように思います。
 ゆみ子は日々の暮らしに真摯( しんし )に根気強く取り組みながら、一方で、夫の死への疑問を避けることなく向き合い、いわば内面の闘いを続けています。このゆみ子の姿勢に、同年代だった自分を重ねて、〝私も自分の立っている場所を直視し、地道に目の前のことに向き合っていかなくては〟と、混沌とした気持ちの中に、少し明かりが見えたようでした。
 このシリーズタイトルは「青春シネマ」ですが、思い悩むという意味では青春のような気分の私に力をくれた映画でした。
(杉並区教育委員会事務局学務課主査 刀祢平麗子)

 

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