都政新報
 
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役人はつらいよ 課長のつぶやき


  1 ああ、住民の皆様!?

 役所内でのちょっとしたエピソードや出来事を取り上げて、少しシニカルに、少し楽しく、ほんの少しまじめに考えてみようというこの企画。皆さんも、昼はコーヒーでも飲みながら、夜は酒の肴にでもして、気軽にお付き合いいただければ幸いです。
 最初に少しだけ自己紹介すると、某区役所で課長をしており、40代も半ばになろうとしているバブル入社組(もう死語か?)の一職員(オス)である。
 初回である本日は、自治体では切っても切れない住民についてである。都庁などは少し違うのかもしれないが、区役所では住民は非常に身近な存在である。今までの職場で、どのような人と出会ってきたかを振り返ると、実に様々……。
 福祉事務所。生活保護のケースワーカーや生活相談員として、ホームレスも含め、生活が苦しい人と多く出会った。
 大半は真面目だが、一部は何とか役所をだまして生活保護を受給しようとか、亡くなった後に隠し預金が見つかるなどの出来事も。福祉は奇麗事ではないし、住民をそのまま信用してはいけないということを知らされた。
 保育課。公立保育園の民営化を担当して、同世代の保護者から罵声を浴びせられた。
 「あなたは、人として問題がある」とか「この、わからんちん!」とか……。つるし上げといったら言い過ぎかもしれないが、人を責めるとはこういうことなのかと身をもって経験した。
 保護者説明会はさながら糾弾大会のようだったが、保育サービスを受給する「権利者」からたくさんのお声を頂戴した。役所はサービスの「提供者」として、常に確実で完璧であることを求められた。
 防災課。各地域に自主防災組織があり、多くは町会長などがその長となっていた。地域の防災訓練などに行くと、「わざわざ役所からお出でいただいて……」と丁寧に応対していただいた。
 無縁社会と言われる昨今でも、やはり地縁はきちんと存在し、地域のまとめ役となってくれる。役所にとって、それがいかに重要な存在であるかということも身に染みて感じた。ただ、どうしても高齢者が主で若者がいないという問題があるが。
 議会事務局。ある議員さんが、しつこくある区民から陳情を受けていた。「もう、そろそろ時間だから」と言って席を立とうとすると、「区民の声を無視するのか」と陳情者の声。それに対してその議員さんの一言。「あんただけが、区民じゃないんだよ」
 ちょっと思い出してみただけでも、こんなにいろいろな住民の姿がある。当たり前のことだが、一言に住民と言っても本当に多種多様だ。よく我々は住民本位とか、区民起点などと簡単に言うが、これは実は分かったようでよく分からない。
 だから、ほんの少数の意見をことさら強調して、「これが住民の声だ! 住民の声を無視するな!」などと主張する人もいるし、数の論理で「過半数であれば、それが住民の声だ」という人もいる。だから、役人にとっての住民の定義は本当に難しい。
 ただ、いくつもの職場を経験した今となっては、こんなふうに思う。我々は役人である以上、住民を無視して施策を推し進めるなんてことはあり得ない。それでは、役所の独断専行になってしまう。
 かといって、住民の声ばかり気にし過ぎても、先に進めない。だいたい意見がたくさんあり過ぎて、どれを住民の声とするのか決められない。それに決して役所は住民のご用聞きではないはずだ(そうした一面も確かにあることも否めないが)。
 結局のところ、我々役人は行政という立場から、きちんと住民に説明し、理解を求めていくという姿勢が大事なのだと思う。
 住民も、行政も、民間企業も、NPOも、それぞれがまちづくりを進める主体の一つに過ぎない。だから、お互いがそれぞれの立場を尊重して、みんなで知恵を出し合ってまちづくりを進めていくしかないのではないか。
……そんなことを頭では考えていても、保育課時代の保護者説明会のことを思い出すと、今でも思わず叫んでしまう――「ああ、住民の皆様!」

(文・淳之助 絵・くまあやこ)
(このシリーズは全10回です。編集部)
 

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